瑞木薫プロフィール

瑞木薫 Mizuki Kaoru  作曲家 ピアニスト 

1956年2月26日生 三重県津市出身 

東京芸術大学音楽学部作曲科卒業

作曲を故北村昭氏、南弘明氏に、ピアノを故伊達純氏、小梶詔子氏、谷口明子氏に師事。

Jasrac       国際ピアノデュオ協会 会員

過去の主な楽曲

自己紹介

5歳よりピアノを始め、同時に創作活動を開始。絵、ポエム、西洋クラシックだけではなく、ポピュラーミュージックの音楽鑑賞にも熱中する。ピアノ以外は全て自己流。自己流ながら、小学館の雑誌、絵の公募で特選をいただく。ただし、両親も本人もあくまで趣味の一環としての「絵」であったため、美術方面に進むことは全く考えず、現在に至る。

過疎地在住であり、地元の中学の教員(音楽と英語兼任)に指導を受けていた。両親は門外漢であったため、音楽の専門家になることなど全く考えず、あわよくば幼児教育の専門家になれれば良いと、考えていたようである。しかし、この指導者の熱心な勧め(できれば専門家になったらどうか・・・)により、両親の考えも変わってゆく。

その後、過疎地から脱出し、新たなピアノ専門の指導者 小梶詔子先生を紹介される。

小梶先生の勧めにより、10歳から、音楽の専門訓練を受け始める。桐朋のカリキュラムによるソルフェージュ、聴音、楽典も並行してグループレッスンで学ぶ。ピアノ演奏については過去に全く技術的な訓練を受けていなかったため、非常に戸惑う。0からの出発となったわけである。

12歳になり、人前で演奏する勉強として「コンクール出場」を勧められる。現 みえ音楽コンクールピアノ部門で1位をいただく。

コンクールの自由曲に現代作品を選んだことがきっかけとなり、現代音楽に興味をもちはじめる。数あるオケ作品の中でも、ブーレーズ指揮、ストラヴィンスキー「火の鳥」に、心を砕かれる。今作曲されたかのように響く新鮮な演奏に感動し、ピアノ演奏ではなく別の方向性を探りたいと思い始める。当時は芸大ピアノ科教授であった故伊達純先生にも師事しており、「ピアノ演奏より創作が向いているのではないか」とご指摘いただく。

15歳より、芸大作曲科講師 故北村昭先生に師事し、作曲の勉強を始める。この頃から、音楽を生業に(音楽で生計を立てる)したいとの気持ちが強くなる。

18歳、東京芸術大学音楽学部作曲科に入学。入学してすぐに、自分の考えとは違う場所に来てしまったと悩む。閉鎖的で人間関係の難易度が高く、馴染めない雰囲気。しかも前衛音楽が中心であり、自分の進みたいジャンルとはまるで違っていたため、1年次で退学を考えたが、故北村先生のご尽力により継続していくことを決める。

卒業後大学院には進まず、自分の作品をビジネスにするために奔走する。加えて、大学在学中に不足していた部分を補強するため、勉強の一環として作曲コンクールに挑戦する。作曲技術を磨くためには、古今東西の楽曲分析と書くことが第一と考えたからである。

31歳の時、知人から東映の吉川進プロデューサーをご紹介いただき、歌を1曲書かせていただくことになる。ここから運命が転換し、音楽を生業にするための一歩が始まった。歌1曲→番組の音楽に発展していく。仕事成立のためには、人との出会いが肝心なのはいうまでもないが、運も大きく働くものだと思った。

その後はゲーム会社コナミの外注、そこでご一緒したプロデューサーとの新天地での仕事、他社でのゲーム音楽の仕事など、コンピューターミュージック中心の仕事となる。

コンピューターミュージックのデータ制作をしていたご縁で、音楽之友社をご紹介され、データ制作の仕事をいただく。その後、担当者が合唱も手がけていたため、教育用作品を作曲する方向に向かう。こちらは1度のお仕事で終わるだろうと思っていたが、担当者が変わっても10年以上のおつきあいとなった。

ただ、もともと学校という集団活動が嫌いであったこと、そろそろ教育用作品から卒業したいと思っていたため、13年ほど経過した折、担当者にお断りを申し入れた。50代半ばになっていたこと、知人の死をきっかけとして、独自の作品を作りたくなった理由も大きかった。

現在は60代半ばとなり、体力的に無理がきかなくなったが、身体を労りつつ創作活動を継続中である。父の死、母の介護を通して、マインドフルネスに出会い、新境地を開きつつある。自作品は完成途上だが、約2年後くらいには結果を出す予定である。

課題曲&受賞

●1982年 第35回全日本合唱コンクール課題曲 詩 茨木のり子 「女の子のマーチ」  

福島県立安積女子高校合唱団(現安積黎明高校)金賞・文部大臣賞 上記の楽曲を課題曲に選択

●1984年 新波の会(四谷文子の会)主催 第五回日本歌曲作曲コンクール 入賞 詩 塚本貞子「オカリナ」

●1985年 第38回全日本合唱コンクール課題曲 詩 小出淡 「しゃっくり」

クロスロードレディースアンサンブル 香川県立坂出高校 共立女子高校など 多くの参加団体に演奏していただきました。

●1986年 全日本吹奏楽連盟主催 朝日作曲賞受賞(課題曲公募)「吹奏楽のための変容」

●2018年 国際ピアノデュオコンクール作曲部門カワイ賞 オーフィアス組曲より「addictus〜手放す」連弾版

 

その他コンクール受賞歴はありますが、細かいものなので省略します。

 

主な仕事と音楽活動歴

 

  • 1988年~1995年  特撮音楽の作曲(挿入歌 劇伴 )を担当する。(東映 コロンビア テレビ朝日)

 

  • 並行して、midiによる、コンピュータミュージック(ローランド フェイス  ヤマハなど)の仕事を続行。

 

  • 1996年~2003年頃まで ゲーム音楽(コナミ  エコールソフトウェアなど)の作編曲。

 

  • 1998年~2010年まで、教育用作品ならびに、演奏会用作品を多数作曲する。(音楽之友社)教育芸術社、教育出版、その他多数のメーカーから出版物、録音がでている。

 

  • 2006年 アニメ「プリンセス・プリンセス」の劇伴とポエトリーリーディングのピアノ演奏と作曲をする。(フロンティアワークス ポニーキャニオン テレビ朝日)

 

  • 2010年3月より、自主制作作品、「オーフィアス組曲」の創作にとりかかる。

 

  • 2012年、チェコフィル三重奏団+フルートのコンサートのための編曲を手がける。

 

  • 2013年〜2016年 音楽活動休止
  • 2017年12月末 音楽創作活動再開

 

  • 2018年11月24日、オーフィアス組曲より「addictus〜手放す」連弾版が、国際ピアノデュオコンクール作曲部門本選会において演奏され、カワイ賞を受賞。

 

  • 2021年2月27日より、「マインドフルピアノ歳時記」youtube配信を開始。1回目はオーフィアス組曲より「addictus〜手放す」(ポエム編)のピアノソロ版。
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